カンボジア地雷対策センターが先日、カンダル州のカンダル・ストゥン地区で米国爆撃機から投下されたと見られる500ポンド爆弾を発見した。
 
カンボジア地雷対策センターの事務所長であるラタナ氏は機雷専門家チームが発見されたMK-82を池から撤去したという。
 
地域住民が爆弾の存在を地雷対策センターに報告した後、専門家チームが現場に派遣された。
 
「爆弾は安全に撤去され、カンポン・チャン州の地雷対策センターで処理された」とラタナ氏は話した。
 
「今年、MK-82の不発弾20発がカンボジアで撤去された。そのうちの多くがカンポン・チャン州、カンポン・スプー州、プレイ・ベン州、スヴァイ・リエン州で発見された。」とラタナ氏は続けた。
 
ラタナ氏は今年、地雷や不発弾による死傷者数は10人だと明らかにした。
 
先週、不発弾であるMK-82が2発、カンポン・チャナン州のトンレサップ湖で発見され地雷対策センターにより処理されていた。
 
1969年から1973年、当時、すべての軍事行動に必要とされていた議会承認なしで、アメリカが50万トンの爆弾をカンボジアに投下したとされている。
 
先月、ウィリアム米大使がカンボジアに対してクメールルージュ時代から累積している負債の返済を要求し、カンボジアとアメリカの緊張が高まっていた。ウィリアム大使によると負債の総額は5億ドルにのぼるという。
 
ウィリアム大使はカンボジアを負債の返済に失敗しているスータンやソマリア、ジンバブエに例えた。
 
 
フン・セン首相はアメリカに負債を取り消すように繰り返し訴えてきた。
 
「カンボジアがアメリカの帝国主義に侵略されてから、内戦に陥り、ポル・ポト政権の大量虐殺につながった」とフン・セン首相は話した。
 
「アメリカによるカンボジアへの侵略がなければポル・ポト政権の虐殺は発生しなかった」とフン・セン首相は続けた。
 
2015年、アメリカのカンボジアに対する爆撃を研究したオーウェン氏とベン氏はクメールタイムズに対して「1969年から1973年にアメリカがカンボジアに対してB-52を投下した4年間で、クメールルージュのゲリラ兵は1000人から20万人に増加した」と話した。
 
地雷や不発弾はカンボジアで死傷者をだす最も大きな理由だ。数十年に及んだ戦争や内戦でカンボジアには400〜600万発の地雷や不発弾があるとされている。

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